「明治開化安吾捕物帖 踊る時計」
昭和二十七年六月一日発行の『小説新潮』第六巻第八号の「創作」欄に「明治開化安吾捕物帖その十八」として発表された。
「明治開化安吾捕物帖」は、探偵小説的な捕物帖として知られているが、この小説は探偵小説の要素だけでなく、巷談の要素も取り入れられている。描いているのは、主として明治の開化期に起った都市における犯罪であるが、この犯罪を暴いていくプロセスにスピーディーな動きを与え、滑稽な味わい出しているのは安吾のファルス精神で、談話の軽妙なやりとりが物語の展開をすすめてゆく大きな役割を負っている。そして、犯罪のカラクリを解き明かしていくプロセスそのものが文明批判になっている。
坂口安吾(さかぐちあんご)
1906(明治39年)、新潟市に生まれる。本名は炳吾。19年、県立新潟中学校入学。3学年の時、東京の私立豊山中学校に編入学。26年、東洋大学文学部印度哲学倫理学科に入学。30年、同校卒業。同人雑誌『言葉』創刊。31年6月発表の「風博士」が牧野信一に激賞され、新進作家として認められる。戦後、「堕落論」「白痴」などで新文学の旗手として一躍脚光を浴びる。47年9月、梶三千代と結婚。49年芥川賞選考委員に推される。55年2月17日、「安吾新日本地理」の取材旅行から帰宅後、脳出血で死去。
ちくま文庫「坂口安吾全集13 明治開化安吾捕物帖(下)」から全文引用、以下も同書からすべて引用
■踊る時計
(被害者時信全作は、古代美術に凝っていた。)
(略)
病気で起居不自由になって以来、秘蔵品の陳列室に寝台を運ばせた。そこへ寝ついてから三年になるが、一歩も室外へでたことがない。もっとも、歩けないせいもある。松葉杖にすがれば歩けるが、大小便もオマルで間に合わせ、一歩も室外へ出ようとしない。二ヶ所のドアにはいつもカギをかけておく。人をよぶにはオルゴールを鳴らして合図する規則になっていた。
(略)
・・・全作は、結核性関節炎という主病のほかに、神経痛にゼンソクに痔という三つの持病があって、・・・
(略)
(この病気持ちの被害者が密室で殺害されるという事件が発生し、探偵である主人公新十郎が謎解きをする。この「踊る時計」では登場しないが勝海舟が他のでは現れ、新十郎などとの談話を交わし、文明批評を行っている。) |