[著者]葛西善蔵
「明治二〇・一・一六−昭和三・七・二三(一八八七−一九二八)
小説家。青森県生まれ。上京して働きながら、哲学館大学(現・東洋大学)や早稲田大学英文科で学ぶ(共に聴講生)。徳田秋声に師事。大正元年同人誌『奇蹟』を創刊し、出世作『哀しき父』を発表。以後、貧困、酒びたり、放浪と破滅型の短い生涯であったが、生活が破産しても芸術的感興を求めるという姿勢を貫き、『子をつれて』『おせい』『蠢く者』『湖畔手記』などの代表作を残した。」
「ふるさと文学館」 第九館 【茨城】 平成七年三月十五日 初版発行 ぎょうせい から引用
痔の記述のある個所を引用します。
■「浮浪」
(略)
私は店さきに座つてもゐられないし、また最早彼との交渉する気力も興味の余地も無い気がして、また兄さんの方へ引返してきた。内田とは十五年程前、私が大学病院で痔の手術を受けた時、彼は陰嚢水腫の手術を受けに出て来て、その時から知合であつた。二月上旬の霙の降つた寒い日であつた。一番目が兵隊あがりのやはり痔の患者、二番目が彼で、やがてまだ死人のやうに睡つてゐる彼が手押車で廊下から患者の控室に運び込まれたが、時々不気味な呻り声を出して出歯の口を開けた蒼醒めた顔は、かなり醜い印象を私に与へたものであつた。その時附添つて来たのが兄さんであつた。それから六十日程の間私達は隔日に顔を合はして、お互ひに訪問し合つたりするほど懇意になつた。
(略)
原文と表記が一部相違するところがあります。
同上「ふるさと文学館」 第九館 【茨城】から引用
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