[著者]太宰治 Dazai Osamu (1909−1948)
青森県金木村(現・五所川原市金木町)生れ。本名は津島修治。東大仏文科中退。在学中、非合法運動に関係するが、脱落。酒場の女性と鎌倉の小動崎で心中をはかり、ひとり助かる。1935(昭和10)年、「逆行」が第1回芥川賞の次席となり、翌年、第一創作集『晩年』を刊行。この頃、バビナール中毒に悩む。’39年、井伏鱒二の世話で石原美知子と結婚。平静をえて「富嶽百景」など多くの佳作を書く。戦後、『斜陽』などで流行作家となるが、『人間失格』を残し山崎富栄と玉川上水で入水自殺。
新潮文庫「ヴィヨンの妻」太宰治著のカバー 平成二十二年六月十日 百十五刷 から引用
痔の記述のある個所を引用します。
■「ダス・ゲマイネ」
(略)
馬場が手紙を寄こした。
拝啓。
死ぬことだけは、待つて呉れないか。僕のために。君が自殺をしたなら、僕は、ああ僕へのいやがらせだな、とひそかに自惚れる。それでよかつたら、死にたまへ。僕もまた、かつては、いや、いまもなほ、生きることに不熱心である。けれども僕は自殺をしない。誰かに自惚れられるのが、いやなんだ。病気と災難とを待つてゐる。けれどもいまのところ、僕の病気は歯痛と痔である。死にさうもない。災難もなかなか来ない。僕の部屋の窓を夜どほし明けはなして盗賊の来襲を待ち、ひとつ彼に殺させてやらうと思つてゐるのであるが、窓からこつそり忍びこむ者は、蛾と羽蟻とかぶとむし、それから百萬の蚊軍。(君曰く、ああ僕とそつくりだ!)君、一緒に本を出さないか。
(略)
原文と表記が一部相違するところがあります。
筑摩書房「太宰治全集第一巻」 昭和五十年六月二十日初版発行
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