痔の散歩道 痔という文化

勧善懲悪・わが町・青春の逆説(織田作之助)
[著者]織田作之助 おだ さくのすけ (1913年−1947年)

 「出世作となった『俗臭』『夫婦善哉』をはじめ、『競馬』『世相』など短編を得意とした。また出身地である大阪に拘りを持ち、その作品には大阪の庶民(特に放浪者)の暮らしが描かれていることが特徴である。」

ウィキペディアより引用


の記述のある個所を引用します。


■「勧善懲悪」

「(略)

 −馴れぬ手つきで揉みだした手製の丸薬ではあったが、まさか歯磨粉を胃腸薬に化けさせたほどのイカサマ薬でもなく、ちゃんと処方箋を参考として作ったもの故、どうかすると、効目があったという者も出て来た。市内新聞の隅っこに三行広告も見うけられ、だんだん売れだした。売れてみると、薬九層倍以上だ。
 たちまち丹造の欲がふくれて、肺病特効薬のほか胃散、
の薬、脚気(かっけ)良薬、花柳病(かりゅうびょう)特効薬、目薬など、あらゆる種類の薬の製造を思い立った。いわば、あれでいけなければこれで来いと、あやしげな処方箋をたよりに、日本中の病人ひとり余さず客にして見せる覚悟をころころと調合したのである。

(略)」

講談社文芸文庫「夫婦善哉」織田作之助著 一九九九年五月一〇日第一刷発行 から引用


■「わが町」

「(略)

 切手を見て、マニラの婿から来た手紙だとはすぐ判ったが、勿論読めなかった。
 歯抜きの辰という歯医者を探したところ、とっくに死んでいたというたよりがあってから、
(ひと)()りの手紙で、こんどはどんなたよりが書いてあるかと、娘の帰りを待ち切れず、〆団治なら読めるだろうと、その足で、
 「〆さん、〆さん、留守か。居るのんか。居れへんのんか」
 隣の〆団治に声をかけた。
 すると、
羅宇(らお)しかえ屋の中から、声だけ来て、
 「〆さんは寄席だっせ」 
 「さよか。─ところで、おばはん、けったいな事訊くけど、おまはん字イはどないだ?」
 「
()え薬でもくれるのんか。なんし、わての()イは物言うても痛む(やつ)ちゃさかい」
 字と
をききちがえて、羅宇しかえ屋のお内儀が言うと、
 「あれくらい大けな声を出したら、なるほど痛みもするわいな」
 と、理髪店朝日軒で客がききつけて、大笑いだった。

(略)」

岩波文庫「わが町・青春の逆説」織田作之助著 2013年11月15日 第1刷発行から引用


■青春の逆説

「(略)
 「えらい冷え込んで来ましたな。炭つぎまひょか」お君が言った。
 「なに言うねん。もったいない。きょう
()炭一俵なんぼする思てるねん」
 安二郎は
()をわずらっているので、電気座蒲団を使っている。その電気代がたまったものではない。尻に焼けつく思いがするのだ。それを想えば、この上灰にしかならぬ高価(たか)い炭をうかうかと使うてなるものか。

(略)

 安二郎は余りの幸福さにわれを忘れてしまったので、
 「お君!」と、思わず女房の名を呼んだ。しかし、べつに改めて言うべきこともなかったので、咄嗟(とつさ)に考えて、用事を吩咐(いいつけ)ることにした。
 「電気座蒲団の線をはずしてんか」自分で立ってはずすと、その間座蒲団の温もりから尻を離さねばならない。それが惜しいのだ。
 「よろしおま」お君は立ってコードをはずした。だんだん座蒲団の温もりがさめて行った。すっかり冷たくなってしまうと、安二郎はやっと尻をあげた。途端に
の痛みが来た。
 「あ、痛、痛、あ、痛ア!」

(略)」

岩波文庫「わが町・青春の逆説」織田作之助著 2013年11月15日 第1刷発行から引用


原文と表記が一部相違するところがあります。


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