[著者]エトガル・ケレット Etgar Keret
1967年、イスラエル・テルアビブ生まれ。両親はともにホロコーストの体験者。義務兵役中に小説を書き始め、92年、短編集『パイプライン』でデビュー。96年の掌編集『キッシンジャーが恋しくて』で注目され、アメリカでも人気を集める。絵本やグラフィック・ノベルの原作を執筆するほか、映像作家としても活躍。2006年には『ジェリーフィッシュ』で妻のシーラ・ゲフェンとともにカンヌ映画祭カメラ・ドール(新人監督賞)を受賞。作品は現在37ヶか国以上で出版され、本書はフランク・オコナー国際短篇賞の最終候補作となった。テルアビブ在住
新潮社「突然ノックの音が」エトガル・ケレット著 母袋夏生訳
2015年2月25日発行のカバーから引用
〔Suddenly,a Knock on the Door]
人の言葉をしゃべる金魚。疲れ果てた神様の本音。ままならぬセックスと愛犬の失踪。嘘つき男が受けた報い。チーズ抜きのチーズバーガー。そして突然のテロ─。軽やかなユーモアと鋭い人間観察、そこはかとない悲しみが同居する、驚きに満ちた掌篇集。映画監督としても活躍する著者による、フランク・オコナー国際短篇賞最終候補作。
同上「突然ノックの音が」のカバーから引用
この「突然ノックの音」は、38の短篇集です。そのうちのひとつが、ずばり「痔」という題名の短篇です。わずか900字前後の短編をさらに、断片的に抜粋してしまいました。
■「痔」
これは痔を患った男の話である。痔は多くなかった。たった一個だった。はじめはちょっと気になる程度の小さな存在だったのに、たちまち、中ぐらいの大きさに育ってチクチクしだし、二か月もたたないうちにもっと肥大してヒリヒリ痛むようになった。
(略)
というわけで、男は重要な決定の前には、かならず自分の痔に耳を傾けるようになった。
(略)
助言は効を奏し、日に日に、男は成功していった。男の会社の利益は大きくふくらみ、同時に痔もふくらんでいった。
(略)
ついには、社長の席に大きな痔がついた。そしてときおり、会議室の椅子に痔がつくと、下の男はじれて苛ついた。
(略)
これは、男を堪え忍んだ痔の話である。痔はいつもどおり暮らしつづけた。毎日遅くまで働き、週末はゆっくりし、機会をつかんでは楽しんだ。だが、血管にはりついた男は、長い会議や排便のたびに、人生とは愛すること、人生とは燃える痛み、人生とはクソ忌々しいが好転を望めるものだ、と絶えず痔にしらしめた。
(略)
そうやって、小さい男に下からチクチクされたおかげで、愛される痔になった。
(略)
同上「突然ノックの音が」から引用
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