「ベートーベン「運命」のメロディとともに肛門を襲った強烈な痔を完治させた、驚きのドクダミ療法。」
集英社文庫「さるのこしかけ」さくらももこ著 2002年3月25日 第1刷 のカバーから引用
[著者]さくらももこ
「一九六五年五月八日静岡県清水市生。八六年『りぼん』に「ちびまるこちゃん」連載開始。八九年同作品で講談社漫画賞受賞。九〇年「おどるポンポコリン」でレコード大賞受賞。著書「もものかんづめ」「ツチケンモモコラーゲン」等多数。」
同上》「さるのこしかけ」のカバーから引用
■さるのこしかけ
痔の疑いのある尻
─ぢかもしれない・・・・・。
ある日、そんな予感が私の全身をつらぬいた。最近どうもおかしい。ウンコをした後三分ほど、「ヒーヒー」とうめいてしまう。
私はフラリとよろめき、恐ろしさのあまりそのまま気が遠くなった。
ぢとは、かなり厳しいものらしい。友人・知人・母親などから幾度となくその恐ろしさは伝えられてきた。ある者は「居ても立ってもいられない。もう、体を丸めてうめくだけだ」と語り、またある者は「尻《しり》の穴で壇《だん》ノ浦《うら》の合戦が始まったようだ」と語る。私の尻の穴はまだ壇ノ浦の合戦までは始まっていないが、農民の一揆《いつき》くらいは行われている気がする。
まずい。このまま放っておいたら、悪化して第一次世界大戦に突入してしまうかもしれない。早くなんとかしなければ・・・・・。
かつて、我が家の父ヒロシがイボ痔《ぢ》になった時のことを思い出した。彼は「いてエいてエ」と言いながら、妻の前に自分の穴を突き出し、痔の薬を塗ってもらうという致命的にバカげた姿を家族にさらした暗い過去を持つ男である。夫の肛門《こうもん》の突起物に薬を塗るハメになった母の情けなさは計り知れない。母が「自分で塗りゃいいのに」と脱力しながらつぶやいていたセリフが忘れられない。・・・・・・そんな、父ヒロシのくだらない持病が、我が身にもふりかかろうとは。
(略)
そもそも、こんなものぢではないかもしれないのだ。ウンコをした後、ちょとだけ尻の穴の周辺がジンジンするだけではないか。そう思うと、なんだかジンジンしている感じも悪くない。肛門でジャズの特別演奏でもやってくれてる気がする。ジンジンに合わせて「ヘイヘイヘイ」と音頭をとるほど陽気な気分になってきた。
ところが、ある日の大便の後、肛門の特別演奏はジャズからベートーベンの“運命”に変わった。ジンジンからジャジャジャジャーンになってしまったのである。
私はトイレから出た後、しばらくカエルのように飛び跳ねていた。もう居ても立ってもいられない。風林火山《ふうりんかざん》大爆発である。
私の様子を見た夫が「何かうれしいことでもあったのか」と尋ねるのでは私はやむをえず、「肛門が死ぬほど痛い」と打ち明けた。
夫は非常に驚いていた。まさか妻がぢの疑いがあるとは予想もしなかったという顔つきで「それは早く何とかした方がいい」と、うつむき加減につぶやいた。
夫の情報によれば、ぢにはドクダミの葉が効くという。知人がぢになった時、ドクダミの葉を揉《も》んで肛門に詰めたところ、ウソのように治ったというのだ。
(略)
ドクダミの汁は肛門にしみ、私は三回位「ヒィィ」と声をあげて腰を浮かした。しかしこれで治ると思えば安いものだ。私は痛みをこらえてドクダミ三枚分を尻に詰め、何事もなっかたような顔をしてトイレから出、眠りについた。
よく朝、痛みはほとんどおさまっていた。驚くべき効果である。なんと役に立つ草が、この地球上には存在しているんだろう。もうどんなに辛《から》い物を食べても、太い便が出てもこわくない。ドクダミさえあれば肛門世界はパラダイスだ。
(略)
同上「さるのこしかけ」から引用。
原文表記と異なる箇所があります。
《 》はルビ。
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