■痔の妙薬
「持病の痔がおこって、苦しくってなりません」
「それはお気の毒。痔の妙薬を、教えてあげようか?・・・・・・飴《あめ》の粉を尻に振りかける」
「なんとも簡単なお薬ですが、それで効きますか?」
「あめ振って、じ固まる、といいますからな」
人文書院「江戸の笑い話」 高野澄 編訳 一九九五年一月三十日初版第一刷発行 から引用
■吉原
「このころは、久しくお出なんせん。お心変わりか」といふ。「イイヤ、心変わりではないが、さんざん痔《じ》
が起つて、それゆへる来なんだ」。「それは、さぞ、おこまりなさんしたでござんしよ。殊に出痔の、いぼ痔
の、走り痔のと、色々あるさふでござんすが、おまへのは、何痔でござんす」。「おれがのは、親仁《おや
じ》だ」
おやじがおこ(怒)っては、遊びに出かけるのも思うにまかせない─父権絶対の江戸のむかしではあった。
(安延五年正月序『島の町』)
作品社「江戸小噺漫歩」興津要著 一九八一年六月一五日第一刷発行 から引用
■若い者の痔疾《じやみ》
頃しも方々の花ざかり。皆人浮気《うわき》六になる折ふし、さる若い者、友達さそひに、「さあさあ、けふは祇園七へ花見に」と誘ひけり。「近頃うらやましけれども、痔がおこりて、行く事はならぬ」といへば、友達聞き、「それは気の毒。痔には、よい灸あり。いぼ痔八か、はしり痔九か」といへば、「いや、さやうではない」「しからばあな痔一〇か。穴痔なれば、早速《さつそく》直る灸じや」「いや、薬でも灸でも直らぬ。親じ一一じや」。
(注)
六陽気で心が浮わつく。 七祇園社の境内。今の円山公園辺で花の名所。 八肛門の周囲にいぼ状の腫れ物ができる痔疾。 九内痔核の患部から血が出る痔疾。 一〇痔瘻の俗称。 一一息子の出歩きをおこる「親父」を「痔」に掛けた。
(宝永四年刊 露休置土産《ろきゆうおきみやげ》 遠気見屋計《おきみやげ》巻五)
岩波文庫「元禄期 軽口本集」 武藤禎夫校注 1999年7月5日第6刷発行 から引用
■痔のいろいろ
「コレ七兵衛、五六日まるきり会わぬ。手紙をやれど返事もなし。外へも出ないのか。どうしたぞ」と言えば、
「イヤこのごろはさんざんだ。じがおこってねてばかりいる」
「それは難儀であろう。早く知れば、こっちによい薬があったものを。シテその痔は出痔かイボ痔か、穴痔か」
「出痔でも穴痔でもない。親父が怒った」
(かす市頓作)
浜田儀一郎訳編「にっぽん小噺大全」筑摩書房
昭和48年4月10日 新版第12刷発行から
■素人医者《しろうといしや》 談洲楼《だんじゆうろう》作
「お前《まえ》は医者様の真似《まね》をするが、アノ癪《しやく》といふものは、どうした物だな」
「ハテあれは腹の内《うち》に一尺ばかりの棒《ぼう》があって、つっぱる。夫《それ》がつかえるのだ。」
「ムヽ聞《きこ》へた、アノ男の痔《じ》は若衆《わかしゆ》の時から(一)の事でもありそうな物だが、女の痔のあるといふは、どふした事だな」
「ムヽあれは春米《つきこめ》屋(二)の隣で壁《かべ》がくずれるやうなもの」
(一)男色をする若衆は、尻穴を用いるため、病菌が入って痔の病にかかる者多し (二)麦米の皮をむいて、白米にする作業を営業する家を、つき米屋、略してつき屋という。搗音の響き近隣甚だしいので、その余波といった
(喜美談語《きみだんご》寛政八年)
東洋文庫196「江戸小咄集 2」平凡社 宮尾しげを編注 昭和46年10月25日 初版発行 から引用
■よしの山(面白《おもしろ》し花の初笑み《はつえみ》から、天保二年刊)
薬売り、大和路《やまとじ》へ商《あきな》ひに行かんと旅立ちけるが、春の日の心のびて(注一)、よき折りなれば、吉野へまわり、桜を見てこんとて、
(略)
委細《いさい》かまわず歩行《あるき》けるが、頃は十日の月かげも、しげる林の間《ひま》より洩《も》れて、いと幽《かすか》なる折りこそあれ、何《いず》れの嶺《みね》かは知らねども、一声《ひとこえ》「ヲウ」と吠《ほ》へけるは、正《まさ》しく狼《おおかめ》(注九)、ほどなく此方《こなた》へむかい来る。小さき狼先に立て、おいおいつづく大狼《おおおおかめ》、薬屋の道をふさぎ、大口をあいてひかへたり。薬屋大きに仰天《ぎようてん》し、もはやかなわぬ一生懸命(注一〇)、「南無八幡大菩薩《なむはちまんだいぼさつ》、我《われ》常々たのみ奉る薬師如来《やくしによらい》(注一一)、八百万神《ばんじん》九万九仏《ほとけ》、風の神(注一二)も病神《やまいがみ》も、薬屋の命、助け玉《たま》へ、加護なし玉へ」と祈念して、岩にどつかと腰打ちかけ、薬屋「さて、お立合いの狼《おおかめ》がた(注一三)。拙者《せつしや》商《あきの》ふ薬の儀《ぎ》は、第一背中で腹が痛む、又は足の裏にて頭痛がする、尻の穴が痰《たん》にてぜりぜりいう、或は両眼《りようがん》に五痔《じ》脱肛《だつこう》がおこる(注一四)、小児《しように》の寝小便は味噌汁にて飲ます。ちやんと治る。その代り、あすの晩より寝糞《ねぐそ》をとりはづす。これ、あんぽん丹《たん》(注一五)の妙法《みようほう》なり。かやうに野中山中《のなかさんちゆう》にて商《あきな》へば、そこら(注一六)粗末うろんな(注一七)薬とお疑いがあるまいものでもない。
注一 心ものびやかになるうららかな陽気になって
注九 「おおかみ」の転
注一〇 命をかけた重大な場所。「一所懸命」の転
注一一 人間の現世的な欲望を満たし、疾患を救う仏。古来、医薬の仏とされる。
注一二 風邪をはやらす疫神。
注一三 以下、大道で商う薬の効能口上の口調。
注一四 有り得ない症状を滑稽に言い立てた。
注一五 安本丹。間抜け者の罵語を、薬名めかした。
注一六 ひどく。甚だ。
注一七 胡乱。怪しげな。
(略)
口から出放題《でほうだい》(注八)に流舌《しやべり》ければ、狼《おおかみ》ども、一疋逃げ二疋逃げ、段々《だんだん》と逃げ行きければ、薬屋大きによろこび、早々この処を立ちのび、ふしぎに命助かりしも薬《くすり》効能《こうのう》のおかげと、そつとうしろとをかへり見れば、狼ども口々に、「やれやれ、おそろしや。あの薬屋めは、ひどい鉄砲(注九)はなつ奴《やつ》じや」。
拙者(注一0)曰く、「どなた様にも、お聞きなされ。世には身分不相応なる鉄砲を言うお方がござるが、気の
しれで(注一一)、よろしからぬものでござる。狼でさへ逃げます。人はもとより太平楽《たいへいらく》(注一二)を
言う人は嫌うはづ でござる。さて、これからが」。
注八 でまかせ。
注九 嘘。ほら。
注一0 話し手。私。後出の説者、舌者も同様。
注一一 気持ちが分からず。
注一二 勝手な大言壮語。
(略)
岩波文庫「化政期 落語本集」 武藤禎夫校注 1999年7月5日 第5刷発行 から引用
《 》内は、ルビ
一部、原文と異なる表記があります。
|