痔の散歩道 痔という文化

■養生訓
  「八十すぎまで長年実践してきた健康法を万人のために丹念に書きとめた「養生訓」は、益軒の身体的自叙伝ともいうべきものである。東洋医学の叡智を結集し、自然治癒の思想を基本とした、この自主的健康管理法は、現在でもなお実践的価値が高い。」

中公文庫「養生訓(ようじようくん)」 貝原益軒(かいばらえきけん)著 松田道雄(まつだみちお)訳 中央公論社 1996年8月20日12版のカバーから引用


■貝原益軒

 「貝原益軒は寛永七(一六三〇)年、九州の筑前福岡城の官舎で生まれた。名は篤信(あつのぶ)、字
子誠(しせい)、号ははじめは損軒(そんけん)であったが、のちに益軒と号した。改号は黒田藩を退官した七十一歳ごろといわれている。父寛斎(かんさい)は黒田藩の祐筆(ゆうひつ)であった。生後一年にして城内から博多片原町に一家で転居した。十二歳のとき母と死別、十九歳には継母とも死別、母の愛を十分に受けることなく、養育はすべて父であり兄であった。十四歳になって次兄の存斎から四書五経の手ほどきを受けたという。これは儒者になるためには遅い門出であったが、それゆえに彼の思想の柔軟性や多様性があったと説く学者もいる。十九歳になって黒田藩主忠之(ただゆき)に仕えた。いかなる理由か、翌年に「閉居半月、謁見不能四ヵ月」の処分を受け、二年後には浪々の身になった。七年間の浪人生活からふたたび黒田藩に復帰したが、この七年間の浪人時代は彼の思想形成の上で重要な意味をもっているのである。復帰後は順調で、二十八歳には藩命で京都に遊学し、帰国ののちは黒田藩の儒者として活躍した。七十一歳まで勤めて、黒田藩に尽力すること多大であった。退官後はもっぱら著述に徹し、正徳四(一七一四)年に死去した。」

 講談社学術文庫「養生訓」 貝原益軒著/伊藤友信訳 講談社 1989年2月15日 第10刷発行から引用


■ 「養生訓」に記された「痔」

巻第一 総論 上

(略)
33 気血の流通は健康のもと 陰陽(いんよう)の気は天にあって、おのずから流動して停滞(ていたい)しないから、春・夏・秋・冬の年間四時(季)がうまく行なわれ、万物がよく生成する。もし、陰陽の気がかたよって停滞するようなことがあると、流動の道がふさがって、冬は(あたた)かく夏は寒くなり、大風・大雨などの天変(てんぺん)となって凶害(きようがい)が起こる。
 ひとの(からだ)においてもまたそうである。気血がよく流通してとどこおりがないと、気がつよくなって病気にならない。気血がよく流れないと病気になる。その気が上に停滞(ていたい)すると頭痛(ずつう)眩暈(めまい)となり、中にとどこおると心臓病(しんぞうびよう)腹痛(ふくつう)となり、また腹がつかえて()り、下にとどこおると腰痛(ようつう)脚気(かつけ)となり、さらに淋疝(りんせん)(疝気など)や
痔瘻(じろう)などの病いとなる。ゆえに、しっかりと養生(ようじよう)をしようとするひとは、できるだけ元気が停滞(ていたい)しないようにすることであろう。
(略)


巻第五 二便・洗浴

    二便

35 空腹と満腹のとき 空腹のときにはしゃがんで排尿(はいによう)し、満腹時は立って用をたすがよい。

36 二便の排泄 大小便は早く排泄(はいせつ)するがよい。我慢(がまん)するのは害になる。万一、思いがけず(いそが)しいことができたならば、二便(にべん)排泄(はいせつ)する暇もなかろう。
 小便を長くこらえると、たちまち小便がふさがって排尿しにくい病気になることがある。これを転■(てんぶ)
(尿閉症)という。また(りん)頻尿(ひんによう)、尿意の回数の多い症状)になる。
 大便を何度も我慢していると
()になる。また大便はつとめていきまないがよい。気がのぼって目がわるくなり、動悸(どうき)がする。これはいけないことである。自然にまかせるがよい。そうしたとき、唾液(だえき)が生じ、身体(からだ)をうるおし、胃腸(いちよう)の気を循環(じゆんかん)させる薬を飲むのがよい。麻の実、胡麻(ごま)、あんずの種子、桃の種子などを食べるのもよい。
 便秘する食物は、餅、柿、芥子(からし)などであるから、便秘がちなひとは食べてはいけない。便秘はそれほどの害はないが、小便が長くでないのは危険である。

37 便秘を防ぐ いつも便秘するひとは、毎日便所に行って、いきまないで少しでもよいから便通をつけることが大切である。こうすれば長く便秘することはない。


38 二便をしてはいけない場所 日月、星辰(せいしん)、北極、神社に向って大小便をしてはいけない。さらに日月の照らしている土地に小便をしてはいけない。およそ天の神、地の神、人鬼(じんき)は恐ろしいもので、あなどっては大変なことになる。

(略)


同上、講談社学術文庫「養生訓」から引用


一部原文表記と異なります。
※■は、にく月に孚


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