■普救類方
「医者も多く薬屋で売薬が容易に入る都市部とは対照的に僻村の住民や貧しい庶民は、医薬に恵まれない暮らしを余儀なくされていました。
『普救類方』は、このような医療格差をすこしでも改善して民の苦しみを和らげようと、8代将軍徳川吉宗(1684―1751)が幕府の医官林良適(はやしりょうてき)と丹羽正伯(にわしょうはく)に命じて編纂させた書。幕府が所蔵する和漢の医書から、辺地の住民でも入手しやすい薬や療法を選び、庶民にも読解できるよう、漢文ではなく和文で記し、あわせて薬草図も載せています。全7巻。享保14年(1729)に完成した原稿を官費で出版し、値段を定め、江戸の本屋を通じて全国に販売させました。
林良適(1695−1731)は、享保7年(1722)に貧民のために設けられた小石川養生所で治療に当たった医師のひとり。丹羽正伯(1791−1756)は医者で本草学者。のちに吉宗の命で本草学の大著『庶物類纂』の編集に従事しました。」
国立公文書館 過去の展示会「病と医療」の中の『普救類方』解説ページから引用
■普救類方
次のとおり後陰之部(肛門、痔漏、脱肛)から一部を除き引用しています。
普救類方巻之二下
林 良 適
丹羽 正伯 纂輯
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国立公文書館 デジタルアーカイブより転載 |
後陰之部《こういんのぶ》
肛門《こうもん》
肛門《こうもん》いたむに
菟絲子《ねなしかづらのみ》を熬黒《いりしろ》くし、粉《こ》にし、鶏子《たまご》の黄《き》みにてとき、
傅《つけ》てよし 千金蘭易方
又方、杏仁《きやうにん》熬黄《いりき》にし、擣《つき》たゞらし、つけてよし 同
肛門腫《はれ》いたむに
馬歯■(草かんむりに見)《すべりひゆ》の葉《は》、酸漿《かたばみ》草の葉等分水にて煎《せん》じ、
熱《ねつ》し、肛門を熏《ふす》べあらふべし 本草綱目
又方、間■(草かんむりに、宀に丁)麻《まを》を搗《つき》たゞらし傅《つけ》てよし 同
又方、刃物《はもの》をとぎたる磨水《とみづ》をのみてよし 同
又方、蝸牛《かたつぶり》を研《すり》たゞらし、塗《ぬり》てよし 醫説
肛門の邊《ほとり》かたく腫《はれ》、或《あるひ》はかゆく、痛《いたみ》たへがたきに
白礬《めうばん》三匁粉《こ》にし、熱《あつ》き童便《だうべん》天目に二盃のうちへ入かきまぜ、
一日に二度づゝ肛門をあらふべし 救急易方
又方、枳売《きこく》をやき、其烟《けぶり》にて肛門を熏《ふす》ぶべし、また枳穀《きこく》を水に煎じ
肛門を洗《あらひ》、并《ならび》に粉《こ》にして飯《めし》のとり湯にて飲《のみ》てよし 同
又方、杏仁《きやうにん》を杵《つき》たゞらし付てよし、肛門の内虫《むし》ありて腫《はれ》、
痒痛《かゆくいたむ》によし 本草綱目
肛門に瘡《かさ》出来たるに
生漆《きうるし》をぬりてよし 同
又方、■茉(■は草かんむりに杏)《すつほんのかゞみ》の葉《は》を搗《つき》たゞらし、絹《きぬ》に
つゝみ肛門にさしこみ置《おく》べし日に三度とりかへてよし 同
又方、五倍子《きぶし》一匁、山椒子《さんせうみ》をさり炒《いり》て一匁、細辛《さいしん》焙《あぶ》りて
三分粉《こ》にし先葱湯《ねぎゆ》にて瘡《かさ》をあらひて後《のち》、右の粉薬《こなぐすり》を
貼《つけ》てよし 同
又方、塩《しほ》を熬《いり》、布《ぬの》につゝみ肛門を熨《のし》てよし、熱病《ねつびやう》にて虫を
生《しやう》じ、肛門瘡《かさ》出来たるによし 同
痔漏《じろう》
一切《さい》の痔疾《じのやまひ》、或《あるひ》はいたみ。或《あるひ》はかゆきに
熊膽《くまのゐ》をぬりてよし 千金簡易方
又方、槐《ゑんじゆ》の根《ね》水にて煎《せん》じ、あらひてよし 同
又方、甘草《かんぞう》を水にて煎《せん》じ、常《つね》に沃《そそぎ》あらひてよし 衛生易簡方
又方、木綿《もめん》の花《はな》と根《ね》とを擂《すり》、酒にいれのむべし、又木綿《もめん》の
花《はな》と子《み》とを水に煎《せん》じ、其湯烟《ゆげ》にて痔《じ》をふすべて後《のち》あらふべし、
或《あるひ》は花《はな》と子《み》とを焼《やき》、その烟《けぶり》にて痔《じ》を燻《ふすべ》てよし 碎金方
(略)
痔《じ》はじめておこるに
馬歯■(草かんむりに見)《すべりひゆ》を煮《に》、熟《じゆく》し、しきりに食すべし、并《ならび》に
湯《ゆ》にて痔《じ》を洗《あらい》てよし此方《このほう》を一月ほど用てよし 本草綱目
痔腫《はれ》いたむに
ふるき橙子《だいだいのさね》を焼《やき》、其烟《けぶり》にて痔《じ》をふすべてよし 同
又方、冬瓜《たうぐわ》を水にて煎《せん》じ、あらひてよし 同
又方、芥菜《からしな》の葉《は》を擣《つき》、餅《もち》のごとくにし、其上に肛門をあて
座《ざ》してよし 同
又方、枳穀《きこく》を熱灰《あつばい》に入、うづみ焼《やき》にして熱《ねつ》して、痔《じ》を
熨《のす》べし、七八度ほど熨《のし》てよし 同
(略)
痔《じ》より常《つね》に血《ち》出るは、今はしり痔《じ》というなり
葱白根《ねぎのしらね》を水に煮、熟《じゆく》し、痔をふすべあらひてよし 本草綱目
又方、■魚(■=魚偏に皀卩)《ふな》を煮《に》て、つねに食すべし 同
又方、爵金《うこん》の粉《こ》をぬりてよし 同
又方、槐木耳《ゑんじゆのきのあるのこしかけ》を粉《こ》にして一匁、飯《めし》のとり湯にて日に
三度用てよし 碎金方
(略)
出痔《でじ》いたむに
槐花《ゐんじゆのはな》を水に煎じ、痔《じ》をあらひ并《ならび》に少しづゝ飲《のむ》べし 本草綱目
又方、五倍子《きぶし》をきざみ、水に煎《せん》じ、痔《じ》をあらひてよし 同
又方、蒲黄《がまのはな》の粉《こ》一匁、温《あたゝめ》たる酒に入、空腹《すきはら》に飲《のみ》てよし 本草綱目
又方、槐《ゐんじゆ》と柳《やなぎ》を水に煎《せん》じ、痔《じ》をあらひて後《のち》出たる痔の上に
灸《きう》を七壮《さう》すへてよし 同
(略)
酒を多く飲《のむ》により痔《じ》の出来たるに
絲瓜《へちま》をやき、粉《こ》にして二匁、酒にて用ゆ 本草綱目
又方、黄連《わうれん》を酒にひたし、煮熟《にじゆく》してほし、粉にして、酒糊にて豆の大に丸し
廿粒づゝ白湯《さゆ》にて用ゆ、酒痔《しゆじ》血いづるに用てよし 同
痢病《りびやう》の後《のち》痔《じ》出たるに
冷水《ひやみず》にて黄連《わうれん》の粉《こ》をとき、痔《じ》にぬりてよし 同
痔漏《じろう》は痔《じ》久しく潰《くづ》れ、孔《あな》あきて膿《うみ》或《あるひ》は血《ち》など出るなり
亀肉《いしがめのにく》に茴香《ういきやう》と葱《ねぎ》とをいれ、醤油《しやうゆ》にて煮《に》、
常《つね》に食すべし、用ゆうち酒醋《さけす》等の熱《ねつ》なる物忌《いむ》べし 同
又方、荊芥《けいがい》を水に煎《せん》じ、毎《まい》日あらふべし 同
又方、田螺《たにし》一つの内へ龍脳《りうのう》一分いれ、田螺《たにし》の水をかたぶけとり、
先《まづ》冬瓜《たうがん》を水に煎《せん》じ、痔《じ》をあらひて後《のち》、右の水を傅《つけ》てよし、
痔漏《じろう》いたみつよきに用いてよし 同
又方、木饅頭《いちぢく》の葉を焼《やき》、痔《じ》を薫《ふすべ》てよし傅信尤易方
(略)
脱肛《だつこう》
脱肛《だつこう》出ていらざるに
■魚(■=魚偏に皀卩)《ふな》の頭《かしら》を焼《やき》、粉《こ》にし、酒にて飲《のみ》下すべし、并《ならび》に
右の粉《こ》を生油《しらしぼり》にてとき、脱肛《だつこう》にぬりてよし 本草綱目
又方、胡■(草かんむりに妥)《こすい》の子《み》を擣《つき》、醋《す》にて煮《に》、布《ぬの》につゝみ
熨《のし》てよし、或《あるひ》は根を焼《やき》其烟《けぶり》にて薫《ふすべ》てよし 同
又方、大なる田螺《たにし》二つ三つとり、清《きよ》き水に入、三四日程《ほど》置《おき》泥《どろ》を
はき出させ、黄連《わうれん》を粉《こ》にし、右の田螺《たにし》の口へいれおけば、肉《にく》化《と》けて
水となるなり、先濃《こく》煎《せん》じたる茶湯《ちやゆ》にて脱肛《だつこう》をあらひ、右の田螺《たにし》
の汁《しる》を鳥の《は》にひたし、脱肛にぬりて、其上に綿《まわた》を付置《おく》べし 同
又方、蓮葉《はすのは》を焙《あぶり》、粉《こ》にして二匁づゝ、酒にて用ゆ、并《ならび》に
蓮葉《はすのは》に右の粉《こ》を包《つゝみ》、其上に脱肛《だつこう》をあて座《ざ》してよし 同
(略)
脱肛《だつこう》あるひは脱腸《だつてう》とて、腸《はらわた》出ておさまらず、たとひ五六寸出て入がたきにも
蜂蜜《はちみつ》一合、生姜汁《しやうがのしる》一合よくかきまぜ、やわらかなる筆《ふで》にて
浸《ひたし》、そろそろぬればおのづからおさまるべし 得効方
痢病《りびやう》の後《のち》脱肛《だつこう》出て入ざるに
冷水《ひやみづ》にて黄連《わうれん》の粉《こ》をときぬりてより 本草綱目
又方、蘿蔔《だいこん》を片《へぎ》、蜜《みつ》にてひたし口に含《ふくみ》み、汁《しる》を嚥《のむ》べし、
味《あぢわい》なきにいたりふたゝびかへて含《ふく》むべし 同
又方、橡斗子《どんぐりのみ》を焼《やき》、粉《こ》にし、猪脂《ぶたのあぶら》にときて、付てよし 同
又方、橡斗子殻《どんぐりのみのから》を水に煎《せん》じ、あらひてよし 同
(略)
脱肛《だつこう》血出てやまざるに
桑木耳《くわのきのさるのこしかけ》七匁、附子《ぶし》十匁粉《こ》にし、蜜《みつ》にてねり、大豆《まめ》の
大さに丸じて三四十粒《りふ》、飯《めし》のとり湯にて用ゆ 本草綱目 附子の製法の所にあり
風熱《ふうねつ》にて脱肛《だつこう》出たるに
鐵粉《せんくづ》白斂《びやくれん》おなじく研《すり》、粉《こ》にして傅《つく》べし 同
大便《べん》出るごとに脱肛《だつこう》出るに
蝸牛《かたつぶり》をやき、灰《はい》にして、猪脂《ぶたあぶら》にてときつけてよし 同
小児《に》脱肛《だつこう》出ていらざるに
蒲黄《がまのはな》を猪脂《ぶたのあぶら》にてとき、付けてよし 傅信尤易方
又方、菱角殻《ひしのみのから》を影《かげ》ぼしにし、水に煎《せん》じ、脱肛を薫《ふすべ》洗《あら》ふ
べし、三五度あらふて後《のち》、麻油《ごまあぶら》を肛門の四傍《ほう》に塗《ぬり》てよし 砕金方
又方、伏龍肝《かまどのそこのつち》五匁、■頭焼(※)《だうがめのかしらやき》、灰《はい》にして
二匁五分、百薬《さるぼう》煎一匁三分粉《こ》にし、紫蘇《しそ》を水にて濃《こく》煎《せん》じたる汁にて
用ゆ、小児《に》の年数《ねんすう》にしたがひて、薬《くすり》を多く用てよし、并《ならび》に右の
粉薬《こくすり》を胡麻油《ごまあぶら》にてねり、脱肛《だつこう》につけてよし 得効方
小児《に》腹《はら》ごゝろあしき時、大便《べん》のあとにて脱肛《だつこう》おさまらざるに
槐花《ゐんじゆのはな》を炒《いり》、粉《こ》にして、飯《めし》のとり湯にて用ゆ 同
又方、白龍骨《びやくりうこつ》を粉《こ》にし、付てよし、痢病《りびやう》の後《のち》脱肛出たるに用ゆ 衛生易簡方
科学書院「近世歴史資料集成 第U期 第[巻 民間治療(1)普救類方」浅見恵、安田健 訳編 一九九一年五月二十日初版第一刷 から引用
原文表記とは、異なります。
《 》内はルビ
(※)だうがめ=異体字のため表記不可(上から口2つ、田、一、黽)
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